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ワールドカップ
お気づきの方も多いかと思いますが、タイトルを変更しました。



monthlyになりました。



これまでの不定期更新から月1回の更新に変更し、

せめて月1回は更新しようとい考えています。






と、いうわけで今回はその一回目です。




じつは、今年一回目の更新でもあるんですが・・・

見てくれてる人もかなり少ないと思いますので、ひっそりと更新したいと思います。。。








さて、第一回のタイトルは「ワールドカップ」です。




ワールドカップ・・・




こんなタイトルにしといて、

僕はサッカーに対して、特段思い入れが強いわけではありません。



でも、日本代表なら応援したいと思うのです。


OLみたいな感覚なんでしょうか。


「普段見ないけど、なんかイベントだから観る~」

みたいな。



ワールドカップに限らず、

WBCやオリンピックなども、同じような感覚で、

その時だけ熱くなって応援します。



そう、にわかファンなのです。






さてさて、こういうわけで、にわかファンが、とってつけたようにワールドカップについて書いても仕方ないですから、

ちょっと違った視点でワールドカップについて書きたいと思います。




これまで、ワールドカップは僕にとって、「4年後の自分」を想像するいいきっかけになってきました。



ワールドカップが来るたびに、「4年後」という近い将来、自分はどこにいるのかを想像してきました。



オリンピックでも4年じゃないかと思うかもしれませんが、

ワールドカップの年は、僕の将来を考えるのに、いつもいいタイミングだったんです。




はじめてこう考えたのは、2002年、日韓共催のとき。

当時僕は中学3年でした。

中学3年の僕は、ワールドカップに夢中になりました。


そして、日本の試合が終わっていくのと同時に、
「あ~次は4年後かぁ~」
と思ったんです。

そしてさらに、

「いやいや、4年後って、高校卒業してるし・・・」

と思いました。



受験勉強を始めたばかりの僕には衝撃的でした・・・


「4年も経つと大学生か」
「いやいや大学なんていかないかもしれない」
「大体、どこの高校に行くかすらはっきりしてないのに・・・」


4年先はこんなに遠いのか―



想像してもしきれない。

それだけ、当時の僕には選択肢がたくさんあって、

未来が広がっていたのでしょう。


だからこそ、4年後を想像するのが楽しかった。

いくらでも、自由に、頭の中で自分を創造できるのですから。






そして、4年後。

2006年、ドイツ大会。

僕は奈良にいました。


中学3年の僕には、到底想像できない結果だったでしょう。


高校3年間でなにがあったんだよ。みたいな。


確かに、中学の時点で、北海道から出たいとは思っていましたが・・・

まさか奈良とは・・・


2006年、大学1回の僕はそんなことを考えてました。



そして、また、4年前のぼくは4年後を想像したわけです。


4年後とは・・・

社会人。


まじか―

すごいな。



教育大に入った僕ですから、当然教師になりたかった。



しかし、4年後に何があるかわからない。

教師になったとしても、どこで?

あるいは教師になっていないかも。


そして、教育実習や卒論みたいな憂鬱なことも全て終わってる。


その先の自分はどんなだ―



4年前の僕はそう考えました。






そして現在。

北海道で教師をしてるわけです。



8年前、4年前の僕は想像しきれてはいなかったでしょう。

少なくても、今住んでいる場所までは予想できなかったはず・・・


ん~


さらに4年後・・・

どうなっているのか。


今の僕の選択肢はかなり少ない。

かなりの確率で、4年後も教師をしてるでしょう。。。


ただ一つ言えるのは、

4年後は次の学校へ転勤してる頃。


どこにいるのか。。。








こんなことを書いてみて、つくづく思います。

自分の将来はだんだんと絞られてきたんだな~と。




別に現状に後悔してるわけではないけど、

4年後を想像しようとするとき、

中学3年のころが一番楽しかった。



やっぱり、「それからの努力次第で自分はどうにでもなれた。」

というのが一番大きいのでしょう。



こうやって考えてみると、

「将来何なりたいの?」て急かしたり、「夢がないなんて、けしからん」と怒る、大人の思考は

少々理不尽に思えますね。




やっぱり、中学生には、自分についていろんな可能性を想像してほしいです。

選択肢の多さに気付いてほしいな。


総理大臣からニートまで。


上から下まで、隅々と。


上だけしか想像しないのも、選択肢の多さに気付いませんからね。





もちろん、小さい頃から目標を持ち、それを実現することは偉大なことですが。


もしそれが、「自分はこれになりたい」から「自分はこれにならなくては」と変わらないのであれば。



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2009
ありきたりですが・・・

2009年もあとわずかです。



お久しぶりです。

毎年、年の終わりは書いてましたんで、今年も書こうかと。。




今年は短い一年でした。




なんか、去年の思い出がすごく昔の事にも、昨日の事のようにも感じます。


それくらい、今年の出来事が鮮烈だったからでしょうか。




今年は、自分としては採用試験一色の一年でしたが…


やはり、今年最初のイベントは、陸上引退ですね。



今となっては、自分でも陸上をしてた事が不思議なくらい、遠のいてます。



あんなに、必死に、そして、「仲間」ということを言い続けながら、


なにかに向かう事はもしかしたら、これから先、もうないのかもしれません。



現役時代にあった体力は今はなくても、

あの時の仲間と飲む酒は今でもうまい。




今年の二番目のイベントは、採用試験。

採用試験はとても辛かったですね。


勉強自体は楽しみながら出来ていましたが、

本番前はプレッシャーがエゲツナイ。



つらいつらいつらい。


僕の夢は教師ではありませんでした。



夢は宇宙飛行士でした。

いまでもなりたい。

ロシア製でもOKです☆


教師は目標です。

食っていくための職業。夢とはちがうかな。


そう思ってたから、美化することなく、

プレッシャーと戦い続けていけたのでしょう。


人それぞれでしょうが、

夢はいつでもあきらめられる感じがします。

でも、少しでも努力を始めたら、

達成しなければならない、目標に変わると思うのです。


そんな事を採用試験の間考えてました。





三番目は、教育実習ですね。


初めて教壇に立ったわけですが・・・

さほど緊張はせず、

授業はこなすことができました。


でも、子どもに何を伝えられたのか・・・

何を伝えたかったのか・・・

ぺラッペラの大人になってなかったか。


もちろん、形だけの授業の中身は、ペラッペラ。

ということは、生徒とのやりとりも・・・


結局伝えたのは、「仲間を大切に」だけでした。



なかなか、難しいもんです。






番外編ですが、今年は、奈良で部活を教え始めて2年目でした。

二年目で気づくことは、礼儀を教えなければならないこと。


一番基本だが、一番教えにくい。

それを教えるためには、メニューを含め自分を磨かなければならない。



本当に、

「やりたいことをやる」

ことの難しさを肌で感じた一年でした。





さてさて、

これからは、卒論も佳境です。

年が明けたら、一気に終わらせます。

終わらないと困ります。

でも・・・

終わったら、一気に卒業だー

そしたら、すぐ先生。

ん~

来年はさらに短くなりそうですな。



ではでは、よいお年を~








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残るは卒論
お久し振りです。

三ヶ月ぶりでございます。


歌手志望の方からから催促されるという一幕もございました・・・



さすがに三ヶ月あくと、いろんな事があるものです。

というのも、僕が今年こなさなければならない三大イベントの中の2つが終わりました。

三大イベントとは、もちろん・・・

1.教員採用試験
2.教育実習
3.卒論

のことです!

前回書いた時は、北海道の教採の一次を受ける前でしたね。

忙しさにかまけて、コメントにも返事してませんでした。

すいません↓↓

しかもその後結果も報告していませんでした。

気にかけていてくれた人・・・

すいません↓↓↓



この場で報告します。

先に発表があったのは奈良。

結果はダメでした。

初めて試験に落ちました。

奈良はあまり期待していなかったのですが・・・

少々へこみました。

ん~初めての失望感。




続いて北海道一次。

これは合格してました★

こちらはまだ手ごたえありました。

しかしながら合格が分かったのは教育実習2日目。

そして、二次の試験日は実習二週目。


聞くところによると、実習は二週目が一番キツイというではありませんか。

だから二週目は中学生を嫌いにならないよう、そして「教師」に対してのモチベーションを下げないように必死でした。


もし、モチベーション下がってしまった状態で二次の面接受けようもんなら最悪ですわな。



まぁギリギリのラインで、持ちこたえたような・・・

そんな感じで騙し騙し、二次へ行って参りました!

会場は釧路。

金曜の実習が終わってから、電車で釧路へ。

乗車時間4時間って。

宿に着いたら、テッペン超えてましたわ。

ルービーでも飲んで、寝たかったけど、そんな余裕も無く。。。

次の日はシースーでも食べようと思いながら寝ました。





そして、試験一日目。
まず適性検査。

目痛くなるまで計算、計算、また計算。
疲れたぁ。

そして、小論。
ん~果して・・・・・・

一日目はこんな感じで終わり。

実習疲れとのダブルパンチで、お昼に刺身定食を美味しくいただいた後は、午後2時からがっつり昼寝!!

結局7時まで寝て、飯食って、風呂につかりながら予想される面接の質問の解答をチョロチョロっと考えて寝ました。





そして2日目。

朝一で個別面接。



質問項目はカタにはまったものばかり。

前日に考えておいて良かった★



まぁそんなこと言っても、こちらの答に突っ込まれたらもうタジタジでしたが。。

そして場面指導。
1分間でお題について考えて、3分間の演技っていうルール。

お題

「家庭学習ノートの提出数を上げるにはどうするか。」


Let's thinking!!!

てな感じですぐに1分間スタート。


30秒頭真っ白。
残りの30秒で無理矢理場面設定。


そこからの3分間は必死で演技。

終わってみたら、やっぱりダメだったみたい。

その場で面接官からたくさんの注意とアドバイスをいただく事に。

これが吉と出るか凶とでるか。

とは言っても最後は
「非常に爽やかな印象をうけました。」
って言われました★

個別面接が印象の勝負である事を願ってます!



次は集団面接。
こちらは好評価。

他の班より掘り下げた議論ができていたようです★

まぁ、全体的には手応えはそんなに無かったかな・・・

二次の結果が分かるのは10月末。

受かりた~い~

ということで・・・
とりあえず今回は教採の報告ということにしておいて。。

次回は実習の感想を書きますので、乞うご期待!
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キョウサイキョウサイキョウサイ
なんかやだなー

なんかこわいなー

って思ってたらあと10日切ってたんです。



社会社会社会地理地理地理歴史歴史歴史公民公民公民

社会をこんなに勉強したのは初めてです。

そしてつくづく思うのです。

社会って暗記じゃないと。

芯からわからないといけないんですよね。

誰が何した。どーしてそれをしたのか。そして、どーなったかまで。みたいな。

もーきついな。

頭入っていかないしー

なんか勉強してると麻痺してきて大学受験の感じになってくるわけで。

そんなはずじゃないのに。



と、ゆーことで来週は北海道に帰れます★

お土産ほしいという人はぜひ★

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10日
陸上が終わってから10日経ちました。
引退したらすぐ書こうと思ってたのに。。
またサボっちゃいましたー

関カレはビミョーでしたね。
関カレ期間中はずっと体が重くて・・・
精神的にも重くて・・・

初日の800Mはまさかの2分台。
完全に不完全燃焼。
レース展開もぐだぐだ。

一週間後に1500Mがあったから、そっちにかけれるというか、かけないといけないというか。

なかなか調子が上がらない状態で、1500M。
この日も朝から体が重くて泣きそう・・・
結局1500Mは4′12″とベストには到底及ばず。
当然次の日の決勝には進めず、大会全四日のうち三日目で引退。


ん~やっぱこんなもんだったかな。
納得いくような、いかないような。


高校の引退の時もそうだったけど、
中距離走ってのは、走ってる最中に引退がはっきりわかっちゃう。

前の人とどんどん離れていっちゃって

あぁ~追いつかなくちゃ

って思いながら最後の50M。

レース終盤になって、急に速くなるなんて奇跡は起こらない。


ゴールしたらハイ終わり。



こんなネガティブな書き方したら、ゴールしたあと相当凹んでたのでは?なんて思ってしまう。

もちろん、あぁー終わったっていう呆然となった感はありますよね。
でもそれと同じくらいかそれよりも大きいかもしれない解放感があったな。

関カレの後の飲み会で、ゴールしたあとの背中が切なかったみたいなこと言われたけど、たぶんあのときは開放感の方が強かった。



この感覚は高校も大学も一緒だったなぁ。
中学の時は高校でも陸上続ける決意があったから解放感なかったのかな。
それか、自分はまだまだいけると思ってたのかな。





さて、長くなりますが、今回は十年を振り返ります。
自分のために。


10年やりましたー

率直な感想は

やっと終わった・・・

かな。



家に帰ってまで陸上のこと考えたくないでいたいと思ってたくらいですからね。

でも結局10年間ずっと考えてたように思えますね。

大学受験で陸上してなかった時でさえきっと。


やっぱり、集中してたんですかね。
競技面でいえば、ずっと体調に気を配って。
肩こらないように、腰痛くならないように、夜更かししないように、風邪ひかないように、お酒飲まないように。

そりゃ開放感も大きくなりますわな。




僕の中で陸上はすごく繊細なスポーツ。

明らかに野球とかサッカーとは違う。

競技時間も短い。
体当たりとかもまずない。
競技中に誰かとしゃべることもない。
誰かに指示することもない。


そもそも自分の限界を越えていくスポーツなんだから、勝負の時は万全じゃないといけない。
万全を作り出すことの難しさ・・・
だから、少しでも何か欠けるのが嫌だったし、怖かった。

自分の思ってる時間に寝れなかったり、食事できなかったり。
大会前に予想外のことが起きて、動揺したり。
陸上に関係ないことに、頭が取られたり。

なにか一つでもリズムが狂ったら、うわーってなっちゃう。

もしそうなったら、大丈夫って自分をだます。

この繰り返しだったかな。


っていうか、どうやったら万全になれるのか、そもそも何が万全なのかわからない。



中学はまだしも、高校位から僕の陸上は

自分自身を追求することだったんだろうな。



万全な状態の基準になるのは良かった時のこと。

前の大会でベストがでたら、

その大会の前の日は何してた?
アップは何をした?
何のTシャツ着てた?
音楽は何を聞いてた?それとも聞いてない?

これを総合して、次の大会までの生活環境を考える。



でも次の問題がでてくる。
前の大会の時と同じ準備をして、
前の大会のときの万全になれても、ベストはでない。

じゃあ何を増やせばいいのか。
もしかしたら何かを減らせば、体が軽くなって走れるのか。

何が自分に向いてるのか向いてないのか。


考えすぎなのかもしれないけど。
練習が充実すればするほど、考えちゃう。



陸上が僕に与えた影響は大きい。

万全な体調を作ることから始まった試行錯誤は、さらに自分自身を追求させた。

何をしたら楽しいのか、何をしたら怒るのか、何をしたら凹むのか、何を聞いたらテンション上がるのか。


ちょっと社会科学っぽいかな。
社会は人間が動かしてるはずだけど、制御しきれず勝手に変化していくみたいに、
自分も実は外からの要因で動かされてるのではみたいな・・・


必要ないのかもしれないけど、これは僕にとって大切なことで・・・




なんかよくわからなくなったからこの辺で、ちょっと切り替えて。




とにかく、陸上10年やって、陸上には感謝してます。

走るの好きじゃないけど。
だってつらいもーん。

でもすべての段階が陸上も仲間も充実してましたね。

中学の時の友達は今でも会うのが楽しみです。
こんなつらいスポーツがあったのかってみんな思ってた。
馬場公園とかサイクリングロードとか、窓とか・・・
つドームの匂いとか。

高校もまた鮮烈で。
あの300Mトラックとか、ピロティーとか、
アイスアリーナとか。
でも高校の友達とは全然あってないかな。
後輩とは良く会いますが。
また飲みに行きましょう。

大学は・・・
まだ卒業してないし、また今度かな。







最後に、
文字として残しておかないと忘れそうなので。


生涯ベストタイム

800M・・・・1′57″88
1500M・・・4′08″75(大学ベストは4′09″)



1500Mは大学でベスト更新できなかったのがすこし心残りかな。
(こんなこと書いたらまっちゃんの「練習しましょう」って声が聞こえてきそうですが。。。)

800Mは2秒更新できたから、まぁ満足だ。




P5171141.jpg


以上。
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