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CHANGE
月9が始まった。
キムタクが総理大臣になる話らしい。
結構面白そう。
やっぱキムタクのドラマは面白いな~

でも第一話のクライマックスは少し無理ありか・・・・・

それはまさに前に講義で聞いた「作られた感動」。

選挙活動を散々やってきたが、決選前々日にスキャンダルが・・・
それを釈明するはずの最後の演説。
しかし、キムタクはスキャンダルの真相を暴露し、謝罪してしまう。

そんなことしたら選挙には負けるにきまってる。。。

案の定得票数は伸びない。

全員が無理かと思ったら、まさかの逆転勝利。



今までやってきたことを投げ出してまで、真実を追求し、「実はこうでした」と暴露し、まっすぐに謝り、ダメかと思ったけど成功する。

王道だな。

ありきたりなストーリーだ。

でも少し感動してしまう自分がいた。

たぶんこういうのが「作られた感動」なんだろうな。




感動は餌付のように与えられるものではなく、うちに抱くもの。
映画やドラマ、スポーツを見て流す涙は純粋な感動で利害や打算に汚れていないと信じている自分がいる。これは他者と向き合って生まれたものではなく、感動している自分に感動し、自己を相対化している。

らしい。

講義ではそんなとこ。

なんかわかるな~
テレビを見て感動するのは、自分は参加もしていないのに感動する。誰かと関わって感動しているわけじゃない。仮想の感動。

まあ、ふつうは自分と重ねたりして感動するわけだからそんなもんかな。でも自分と重ね合わせようとしているだけでリアルタイムじゃない。


「こーゆーのに弱いの」とかって、型にはまった感動だったり・・・

話す側だってそうやって話したり。

ドラマでやってので感動したから実践しようとか。

そーいえばドラマみたいな人もいるしな~


でも結局は映画でも感動しちゃうけどねー





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