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成人式
昨日は成人式。

「式」というより「パーティー」だなあれは。
偉い人の話なんか一切聞こえなかった。

成人として・・・的な話は少なくても聞かなければならないところだろーな。
おそらく会場側もやっつけの「式」。
くじ引きのペースも早い。明らかに早く終わりたそーなひき方。

成人した人とそれを祝うはずの人たちとの温度差。
きっと両者とも「成人式」なんてものを目的にあの会場に来ていたわけではないだろう。
成人側は昔の友達と会いに、祝うはずの側は半ば人間観察にでも来た感じ。

まあ何でもいいけど。。

いずれにしろ、成人が話を聞かないから「エライ人」の話は繰り上げよう、とかは違うだろう。
「聞かないならいい」と言ってあきらめてしまえば「成人パーティ」を開けばいい。
「聞かないならいい」と言ってあきらめてしまうことはきっと人に対して自己責任論を押し付けているのといっしょだろう。

「おれの話はためになるはずだけど、その話聞かないで損しても知らないよ」みたいに、人がなにかしら損をしたとすれば、その責任は本人のものとする考え方は自己責任論だろう。最近知った見方だ。この観点にはなかなか気づかなかった。

まあ成人したわけだから自分のことは自分でしろみたいなことを言いたいのはわかるが、自己責任論に基づいて生活したり、自分の道を決定しちゃう人って多いかもしれない。
一見自己責任論に基づいて自己決定することはカッコイイ。けれどそれの裏にはいつも「おれの決定したことなんだから、失敗したときのリスクは受けて立つ」みたいな考え方がつきまとうはず。

つまり、自己決定によって生じたリスクがどれだけ大きくても、「自己決定した自分」がかっこよく、自分に酔っている限りそのリスクは簡単に解決できるものではないとしても受け入れようとする。

そして結果的には「自分探しの旅」のスパイラルから抜け出せないのか・・・

自己責任を押し付けることも簡単だし、受け入れることも簡単なはずだが、上の立場の人間がそれではいけないはず。
親や教師、上司なんかそうだろう。
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