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全教in東京
今年の全教は東京。
出場種目は1500M。

出発直前の練習は1000M。
フォームは崩れていたもののたぶん大学に入ってからの1000Mのタイムとしてはベストかな。
いや、むしろ土の上での1000Mとしては生涯ベストかも。練習としての準備はそこそこかな・・・

さらに、準備はもう一つあった。

ここ最近のレースでスパイクがあまり合っていない感じがしていたので、スパイクを大会直前だったけど買おうかなと・・・


でも、奈良にはないんですよ。中距離用のスパイクが。店頭に並んでるのはこぎれいな短距離用のスパイクばっかり。
せっかく高2からはき続けてるスパイクを5年ぶりに買い換えようとしてるのに。

だから、東京で買ってやりました。ぴったりのやつを。


しかし、東京での前日練習は予定よりもやりすぎて・・・
足に結構なハリを感じたたまま、試合当日。

体が動かないといけないのに、思うように動かない恐怖。
なんだか重い・・・
それでも、集中しまくってプラスの方向へ、前向きに前向きに。自分の弱気を押し殺して。

昨日テレビで北島が言ってた。
「言い方は悪いけど僕にとって試合は”戦争”だ」って。

俺もそう思う。いつもそうやってきた。だから、時に周りの人と温度差がでる。
まあこのことは後からの深い話のところで。。。


さて、いざレース。
みんながみんな同じペースできれいに走るもんだから、完全にポケットされちゃった。
走りづらい。走りづらい。

すこしスペースが空いたから外に出ようと思ったら、足ひねっちゃった。

去年靱帯切ったときと似た感覚。100Mくらい走ったけど、ダメだった。

精神的にもダウン。もう取り戻せないよ。プラスにはならない。

俺は今回、1500Mのベストを更新しようと思ってた。
全教は一本勝負で、レベルもちょうどいい。ついていけばいいタイムが出る。
そう思ってたから、足ひねったら完全なレースはできない・・・
全力出し切れないなんて。


足ひねってから100M。
ひるんで一気にスピードが落ちる。
スピードが落ちれば一気に体力が回復する。
そうなるとすぐに「このまま続けて、タイム悪くてもゴールする」のか「タイムが出ないなら辞めたほうがいい」のかという選択に迫られた。

俺は後者を選んだ。今回のレースは完璧を目指したから。

一気に気持ちが冷めたから。


大阪インカレと同じタイミングでトラックの外に出た。
はじめてのDNFの時と同じように、さっきまで自分が所属していた「1500M」という団体がどんどん遠ざかっていく。

人生二度目のDNF。またこんな思いするなんて。

医務室で足冷やしながら、悔しかった。「戦い」から離脱した自分は「勝ち」も「負けも」知らない。味わえない。

だから集合では何も言えなかった。全力で走れていないレースに感想なんか無かった。
そんな感じで何となく3回目の全教は終わった。


さて。ここからは深い話。長くて、きついことも書くことになりそうなので、読みたくない人は読まなくても・・・でも部活の人たちには読んで欲しいかな。もっと考えてほしいかな。

大沼君はわかるだろうけど、僕がここにこんなこと書くのはすごいんです。


全教後の諸先輩方のブログでのやり取り。
「チームとしてのまとまりが少ないのでは」と。
俺もそう思う。

それに比べ全教の集合では「みんな悔しいとかいうけど、本当にそれを持続させるかは自分しだいで、最後は自分なんだ」と終わったこと。

もう、違うんです。陸上は個人種目なんです。だから「チームのまとまり」はいらない。

もしかすると、諸先輩方の言ったような「チームとしてのまとまり」は、はなから理解されていないのではないか。温度差があるのではないか。全く違う次元の話をしてるんじゃないか。


本当は個人でやりたいけど、部活の最小限のまとまりはなくさないために・・・
だから個人が個別に頑張って、大会の時にまとまるという形をとった。
そんな理想を掲げてスタートしたけども。
本当に実現できたのか。
実現のために何か動いたのか。大会でまとまれるように布石を置いたのか。

「最後は個人」。確かにそうだろう。
そういう種目だっていえばそれまでだ。それ以上でも、それ以下でもない。
最小限のチーム。いわば「小さい政府」だろうな。

放任して、やるところはやりなさい。でも、結果が出ないなら自分のせいだろう。個々の練習には介入しない。
きっとそういうことが根底にあるんだろう。
だから、試合前にけがしても誰も怒らない。

だってそいつの記録が悪くなるだけなんだから。
「あーあ。かわいそうに」みたいな。

こんなもん部活なのか?

最近の部活を見ると俺はそう感じる。

部活として動いていれば、試合に万全な体調で臨めない時点で部員達に後ろめたくなるのが真の集団ではないのか。そして、どうしてそういう部員を出してしまったのかと考えるのが部活なんじゃないか。

「自分でけがして。。タイム悪くたって言い訳するなよ。」みたいな。そんな雰囲気あるんじゃないかな。
仮に、怒る人間が現れたって「自分のことなんだからいいだろ。とやかく言うな。」みたいになりそう。
世にいう最近の若者みたいな感じかな。



ここから先は、個人主義の人はわからないかもしれないけど、集団主義を肯定した前提としての話を書きます。そして、まとまった、強い集団を実現するために書きます。



「チームとしてのまとまり」ってなんだろうか。
おれは意識が共有できて初めて、集団だと思う。

意識の共有とは。
簡単なことだろう。
それは「この集団は何を目指しているのか」という意識を共有することだろう。

諸先輩方のやり取りにあったが、「陸上を楽しむことを大切に」ということ。
俺は、個人主義も集団主義も両者がこの論理を互いに利用したのではないかと思う・・・

個人主義の人は「みんな陸上が好きなんだから」ということを前提に個人競技を正当化したのでは。
集団主義の人は「みんな陸上が好きなんだから」という前提に立って、積極的な介入をやめたのでは。

ここでは集団主義の話をします。なぜなら俺は集団で陸上がしたかったから。


ここ最近「陸上が好き」という理想の陰で、問題は深刻化したんじゃないかな。
だから集団主義の人からすれば「まとまりがない」となる。
しかし、まとめるために何をしただろうか。「陸上が好きなんだから」といことに甘えて、まとめることを放棄したのでは。

俺は「陸上が好き」という言葉はすごく曖昧な言葉だと思う。

「陸上が好き」ってどうやって定義するのか???

「走るのが好き」「走ってる自分が好き」「陸上部が好き」「陸上を見るのが好き」「つらい練習が好き」「タイムを更新するのが楽しい」「陸上は全部好きだから全種目挑戦したい」「ほかの競技はよくわからないけど自分のやっている種目は好き」「陸上やってる人が好き」「誰かに褒めてもらえるから頑張るし、ほめてもらえるから好き」
俺が知ってる限りの「陸上が好き」はこれだけある。

一口に「陸上が好き」と言っても人によって温度差があるはず。


極端にいえば、陸上部の部活の時間でサッカーをやってそれが楽しく感じたとしても、「陸上が好き」ってなるんじゃないのかな。


これだけ「陸上が好き」には種類があるんだから、個人の中でも「好き」の感覚が変わっていくのでは・・・
若いころはタイムを更新することが好きだったけど、年をとると陸上の雰囲気に触れるだけで満足することだって大いにあり得るんじゃないか。



「競技を楽しむ」って言うのにしたって、温度差があるんじゃないかな。

初心者なら、競技場に入って強そうな人の中に入って走っただけで楽しいだろう。
ずっとやっている人なら、タイムが出ないと楽しくないかもしれない。
ずっとやってる人だって、陸上という雰囲気が既に楽しいのかもしれない。




「楽しい」とか「好き」っていう感情は自分の歴史の中の経験と対比して初めて生まれるんじゃないだろうか。とくに「陸上」というものに特定すればその傾向は顕著かな。



俺はさっき書いたみたいに、試合は“戦争”だと思ってやってきた。
「陸上が好き」だとかっていう生半可な気持ちでは勝てないと思ってた。
死に物狂いでやってる相手に、「好きだから」という理由だけで勝てるのだろうか。
もっと、なまなましい、「相手を潰す」ぐらいの気持ちじゃないと勝てないんじゃないのかな。
それに、失礼だろうな。
高校なら、自分の人生を切り開くために陸上をやってる人はたくさんいる。彼らと戦うんだから。



こんな風に「陸上が好き」という感覚は人によって違う。

普遍的な考え方じゃないものを、あてにして「みんな好きなんだからまとまるだろう」って言うのはどうだろうか。
「好き」という感覚を共有すること自体が無理だろう。
「好き」にはその人の歴史と絡んだ深い位置づけがあるんだから。

みんなが同じ「好き」を共有するのは無理だが、集団としての「目標」を共有することは可能だと思う。

集団としてのまとまりをつなぎとめる、いわば「かすがい」の役割を果たすのが「目標」だろうな。
会社なら社訓、学校なら校訓、学級にだって目標があったはず。



個人によって目標が違うからといって、手を放してしまうのか。
「目標」と「好き」は違う。
「好き」はアイデンティティレベルの話だが、「目標」はもっと周囲に影響されるようなレベルなんじゃないかな。

トップに立つ人間たちの「好き」を押し付けるのはエゴだけど、トップに立つ人間たちが「目標」を設定することは何らおかしいことではない。
そして「目標」を定めたのであれば、それに向かって引っ張っていくのがあたりまえじゃないだろうか。
引っ張ることをしないのであれば、もうトップに立つ意味はないのかもしれない。
(個人主義ならそうなのかな・・・)

低い「目標」の人間をどうやって高い「目標」まで持っていくか。
低い「目標」の人間の練習は簡単に見えるだろう。でも高い「目標」を持った人が引っ張って、一緒につらい練習をすることで、低かった「目標」も高くなるんじゃないのか。

それが意識の共有じゃないのかな。切磋琢磨じゃないのかな。それがチーム力なんじゃないかな。
チームとしての意識を持った時に、今よりももっと強く、激しく、陸上を楽しく感じるんじゃないのかな。
なぜなら、自分の「楽しさ」に加えて、部活としての「楽しみ」が加わるんだから。
だって、自分の所属してるチームの選手が頑張っているのを見るときはチームとしての意識が高いほうが思い入れは強くなるんだから。一喜一憂もするさ。
イチローの試合をテレビで見るのなんかとは違う、面白さがあるんじゃないかな。


いいんですよ人の練習に介入して。
いいんですよ「大きい政府」で。
だってまだまだ発展途上なんだから。


理想の陰に隠れて、本質が見えてこないということは大いにあり得るのでは。教育問題みたいなもんで。


最後に。
今の部活は個人をあまりに出しすぎたためにまとまりがなくなって、個人主義というものを守ってるようにみえて、部活の変な、まとまりのない雰囲気にのみこまれて、部活運営のほうに気がとられてないか。個人主義は集団にのみこまれて収集つかなくなっていないか。
結局は集団を意識していないか。
部活である限り個人で競技をやるなんて難しくないのかな。
集団というもののまとまりを軽視してきたつけが、今回ってきたような。
集団から目をそらしたことが結局は、自分の首を絞めてしまってないか。集団は引っ張らないと動かないなんてことはないと思う。集団だって一人歩きする。ひとりでに動き出す。
集団というものを円滑に運営できてこそ、個人があるのではないかな。個人の競技に集中できるのでは。

ド・モルガンの図でいえば大きな円が集団で、その中の小さい円が個人だと思う。

集団を実現するためには、それぞれの個人が譲り合わないと絶対にまとまらない。「個性」重視には限界がある。


以上が最近考えてたことの一部です。なんかまだ書き足りないけど文脈上これぐらいで。
読んでくれた人はありがとうございます。
これに対して意見を書いていただければ幸いです。








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陸上 | Comment : 20 | Trackback : 0
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Comment

まつ

2008/08/10 22:42 ・・・EDIT

  まずは全教お疲れさまでした。

今回のこのブログは何回も読み返させてもらいました。それほど中身が濃かったです。
今の部活の状況については前々から何度も考えていました。僕も陸上部のBBSを通じて書かせてもらいましたし、先輩方の考え方も教えてもらいました。とくに裕太郎さんとは中距離仲間として、こういった意見をいただけたのにはすごく嬉しく思います。

今回、裕太郎さんの考え方を文章をとおして何回も目を通すことによって、浅くではありますが僕には伝わりました。この問題は正解が見つかるものでもないし、即決で行動に移せるものでもありません。ただ、僕はみなさんに問題提起をしたかったんです。裕太郎さんのページで勝手なことを言って申し訳ないのですが、これは本当に一人一人の意識からくる問題です。一人一人が自分の考えを文字にしてみんなに伝えることによって、わかりやすく理解しやすく、そしてその先に解決のヒントが見えてくると思うのです。そういった意味でも、今回の裕太郎さんの書き込みはすごい嬉しかったです。
他人の考えを知り、自分の考えと見比べ、そしてまた新たな考え方が生まれる。そして陸上部は、新たな形へと進化する・・・


裕太郎さんの書き込みへの返信としては、何とも言い難いです。裕太郎さんの考えにあれこれ言える立場に僕はいません。ですが、裕太郎さんの考えに考えさせられ、また僕の考え方が変わったのは事実です。
今回はまた僕が言いたいことしか書けなくてすいませんでした。ですが、僕が言えるのはここまでで終わりです。

yoshioka

2008/08/10 23:24 ・・・EDIT

  今回書いたことをすべて理解することは難しいだろうな。。。
俺の考えてることの結論を書いたわけではないし、いろんな事象を途中途中で区切ってるから。
もし、まっちゃんが読み返して、すべての事象について考えてくれたならそれでいい。

俺はこの2年間ほどこんなことを考えてきてた。
特にちょうど一年前を契機に、より深く考えるようになったし、部活についてこのブログにもおれの考えを書いたし、アドバイスもしてきたつもりだった。

でも、おれの考えてきたことはあくまで集団という前提に立ってのもので、個人主義でやっている人たちには伝わっていなかったんだろう。

集団というものを大切にしたいからいろんなことを考えた。でも、集団主義ということを意識しすぎて、ある意味で盲目だった。

集団として部活をすることが「当たり前」だという大前提がないと、今回の記事も意味をなさない。

つまり、スタートラインが違うのかもしれない。
俺はここ最近で、議論が一番最初に戻ったように感じた。去年からやってきたことは、ほとんど意味がないのかもしれない。

「当たり前」に気づかないといけない。そうでないと、きっと平行線のままだろう。互いに盲目だったのかもしれない。

意見をぶつけることはなかったのかも。だから今回は少しきつめに書いた。
個人主義も集団主義も互いの主張を聴くときに「陸上が好き」ということで片づけていたような気がしたから。うまく逃げられていたんだろうな。その論理によって。

陸上大好き娘。

2008/08/11 02:10 ・・・EDIT

  全教お疲れ様でした☆

ゆーたろーさんの日記を読んで自分なりにじっくり考えたことを書きたいと思います。

集団を意識するということについてですが、私の高校の陸上部は集団を強く意識した部活だったので、どうして高校のときはあんなにまとまっていたのかを考えてみました。

私の高校は短距離はリレー、長距離は駅伝をメインとして日々練習に励んでいたのもあったので、必然的に”チーム”を意識した部活になっていた、のではないかと思います。チームで出れば、1人1人に自分の学校を背負っているという感覚が生まれるので、自分の学校を上位にもっていこう!という共通した目標ができると思うんです。もちろん、ラップは〇〇秒切る!といった個々の目標もありますが、でも、1つでも共通したも目標を掲げることができます。奈教陸部は長距離さんはメンバーが足りないため駅伝チームを作れないし、短距離さんは個人種目を優先させているためリレーが2番目になっているのでチームを組んでいるという感じではないです。

でも!長距離がチームを組めない状態でも短距離でチームができていれば、応援をしたりするなかで集団意識は強く持てると思います。もちろん逆であっても同様です。なので、私的には集団意識を持つためにはリレーが重要かつ有効だと思うんです。

たどり着いた意見が浅はかで、ゆーたろーさんの考えとずれてしまったかもしれないのですが、自分なりに真剣に考えてみました。


トミーでした☆

yoshioka

2008/08/11 23:12 ・・・EDIT

  おれは高校時代、部活としてのまとまりは顧問の存在によって、半強制的にあったと思う。

長距離は今とさほど変わらない、男4人女2人という人数しかいなかった。駅伝なんか組めるわけなかった。でも、このメンバーでの結び付きは強かった。人数は少なくてもチームとしてやってる意識はおれだけじゃなく、後輩たちも持ってってくれたんじゃないかな。信頼関係がそこにはあった。
駅伝にしたって、人数がいればでようとかじゃなくて、このメンバーだから、いい雰囲気だから出たいと思った。つまり、チームとしてまとまることが、必ずしも駅伝を前提としたものではなく、メンバーの結びつきを出発点として望まれていたように思える・・・

あんまりうまく言えないけど、リレーとか駅伝とかっていう必然的な要因がないと、チームとしてのまとまりが薄くなるわけじゃないし、まとまれないわけじゃない。積極的に互いに動いたかということがカギだろうな。まあそこには人間同士の付き合いがあったんだけどね。

リレーにしても、確かに集団を意識するためにはわかりやすい形だろう。でも、今の状態でリレーに出ようとしても、ナショナルチームみたいに、それぞれの力をその場で持ち合うみたいな段階で終わってしまうんじゃないだろうか。ナショナルチームと違うところは、ふだんから意識を共有して、メンバー全員が信頼しあって、一つの目標に向かえるかどうか。
部活のリレーはナショナルチームみたいに速いからメンバーに選ばれて、「やるからにはやりましょう」みたいな感じではないんじゃないかな。

リレーを大切にすることでチームとしてのアイデンティティを持てるのかもしれない。でも、それよりも外の活動で意識を共有しなければ。
リレーに出るから自然とまとまるというのは、なかなか難しいんじゃないかな。やっぱり、部活の目標を全員が共有して、その上での、それを確かめるようなリレーじゃないと、価値が低いんじゃないかな~

ayako

2008/08/12 00:58 ・・・EDIT

  私は1年間主将をして裕太郎との議論を平行線あるいは裕太郎の意見とは反対方向に進んできました。

私は陸上が好きです。
私は毎日の自分との体の対話である走るという行為が好きです。
確かに陸上が好きという定義は人バラバラ。陸上の何が好きかはわからないし。温度差もある。
でも、温度を一緒にしようとは私は思わなかった。

忙しい院生も受け入れたい。女の人も受け入れたい。
そんな人たちも部にいずらくならないようにしたかった。

大学の陸上は自分で選択した陸上。強制でさせられるようなものでもない。それを人の決めた温度でやるのはおかしいと思った。
この小さな陸上部でそれをやるとどうなるのか??
ぞっとします。
だれか辞めざるを得ない。

確かに私たちの上の代はまだまとまっていた。
でも、何人か辞めた。やめる人たちがなぜやめたのか?

その人たちは心が弱かったからやめたのだろうか。
絶対に私はそう思わない。
そんな風に仲間に対して言うのならそれは本当の仲間ではなかったと思う。

心が弱い強いはあるかもしれない。人間だからそれは当たり前。
でも、みんな必死に生きている。どんな人も一緒に陸上をする仲間。仲間になっていましたか?


やめることを怖がっていたらまとめることはできないというかもしれない。みんなで譲り合いが大切だからチームとしてまとまりが大切だというかもしれない。
大きな政府にしてしまったら・・・私はゆうたろうの高校の話を想像してしまいます。顧問がまとめるクラブですか?
大学でいえば主将がまとめるクラブですか?
まとまりとは外発的ですか?

何かチームとして目標をつくるのは私は賛成です。
でも、個人の目標がまずあってチームの目標があるんじゃないか?一人ひとりの目標を達成することがチームの目標であってもいいと思う。陸上は確かに個人競技ですし。個人目標は必ず実在しなければならない。

チーム目標の上の個人目標であれ、
個人目標の集まりの上のチーム目標であれ。

まあなんでもいいのですが・・・
誰が何の競技に出るかも知らない・誰がどれくらいを目標にしている。
チーム論をとなえるゆうたろうは今回の全教それを把握していたのでしょうか。

個人の目標も知らずに競技に介入はできません。
今のクラブのひとたちは個人の目標しってるのでしょうか?

主将が作ってくれた紙を試合が終わってみた人はいるのでしょうか?20人もいない部活のメンバーの目標と試合のずれについてみんな知っているのでしょうか。

個人も目標や個人の考え知らずに集団はまとめることはできない。というのが私の1年間でわかったことです。

だってみんなのこと知らないでみんなの目標はたてれませんから。主将一人で目標は決めるものではないともおもう。
よほど主将に適任で選ばれた人間でカリスマでない限り無理でしょう。

チームを自然にまとめるには一人一人との信頼関係いる。抽象的なものですが非常に非常に重要。ルールや規則のような外発的なものより素晴らしい結束がうまれ、はっせーの書いているような素晴らしいリレーや駅伝もそれがないと生まれない。
それがなければゆうたろうのいうように価値が低いリレーとなる。

チームとしてまとまるということはチームに信頼関係がうまれるということですよね?ゆうたろう。
それをどうしてつくるか?
無理やり?日常的に?

うちのクラブにも存在する信頼関係。
くろとゆう。あやことキング。くろと長男。長男と二男。

などなどなど・・・

これらは日常的に自然に生まれたものです。
これらを広げていけないだろうか?
信頼関係もっとひろげられないだろうか?
なんでも素直に誰かに相談できればいいのにね。

だれかがしんどそうな誰かに気付いてやれればいいのにね。

いっつもうわべだけ。

それじゃあ規則作ってもうわべだけ?

今はとりあえずはしろうよって思うかな・・・
本気でやれば思いやりとかそういう気持ち出てくるらしいです。
体育授業では・・・
本気でやっていればみんなその人の目標に興味をもつはずです。応援したくなるはず。じゃあ勝手にまとまる。

陸上部って個人競技やからこそ超単純なような。
頑張ってる人には応援したい、適当なら応援したくない。
主観的な私の意見です。


論理的には私は話せない。主体的ですぐ感情がはいります。
わかりやすく書いたつもりですがたぶんわかりにくいです。
でも、これを書くのに2時間かかりました・・・
自分のあほさにびっくりです★
くろを通してではなく直接ゆうたろうに書き込む機会をいただきありがとう。返事まってます♪



きんぐ

2008/08/12 01:06 ・・・EDIT

  俺はいわゆる個人主義に分類されるんやろうけど、別に陸上競技部という集団としてまとまることが嫌なわけではない。部として高い目標、陸上競技をやっていく上での練習環境を向上させるには、個人の集まりなだけでは限度がある。でも集団としてまとまることで個人ではできないことを実現させることができるだろう。そういう効果があるのなら、陸上競技を深めることができるのなら、集団としてまとまるのも歓迎できる。

奈教の陸上部の何が嫌かといえば、一発芸やらネタをもとめてたり飲み会ばっかりしたり学祭をやったり、そういう陸上以外の要素が強すぎるところかな。

確かに集団としての繋がりを作る上では、そういう陸上以外の要素も必要な面もある。でも角はそれが嫌で辞めてしまう理由の一つになったわけやし(陸上部だけでなく体育科までも)、サイトーさんも追いコンで「陸上がやりたいから一発芸などを我慢してやってた」と言っていた。俺は嫌なものは嫌だとはっきり言っている。陸上以外の要素を闇雲に助長している風潮があるように感じる。それを嫌だと思う人もいる。

まあ、はっきり言えば祐太郎のチームへのアプローチは、仲良しクラブ・楽しい集団を作ろうという程度にしか見えない。遊ぶことばかり目立ってなかなか競技が見えてこないから。

例えば、個人練習ではなくパートごとに練習するようにして、それが競技力の向上になる。そういう意味での集団としての縛りなら良いと思う。陸上競技を深めることができるから。

でも一発芸とか飲み会とか学祭で盛り上がりましょうなんてのは、陸上に関係ないわけで。そういう面で協調性云々言うのはどうかと思う。陸上競技部は陸上競技をやる場であって、遊ぶところではない。

個人主義とか集団主義とかいう以前の問題なんじゃないかな。大切なのは陸上競技をやること。祐太郎たちがはしゃぎまわっているグラウンドで走りたいとは思えない。

試合を戦争と呼ぶなら、そこで勝ちたいのなら、ふざけてばかりの空気でいいのか。練習から戦争に行く気で“訓練”しないとやられて当然。試合が戦争なんてまだまだ詭弁だと思う。

最後に。この日記に書いてある集団の論理は俺も納得できる。ただ何を目標とするか、何をやっていくかという点で、今の陸上部が“陸上競技”部たりえるのか一回のときから疑問がずっとあった。あと一年しかないけど、もっと良い陸上競技部で陸上競技がしたいな。

yoshioka

2008/08/12 03:30 ・・・EDIT

  まずは山田さんに。

まずはまとめるという努力をしたかということです。その努力が僕には見えませんでした。山田さんは僕の意見を取り入れることはなかったでしょう。そして、山田さんはみんなの目標を受け入れたいからといって受け入れた。それでみんながまとまった瞬間はあったのだろうか。この一年をかけて大きくみんなの心が離れていったようにしか思えません。結局、一番自分の意見を押し通していたのは山田さんではないでしょうか。

練習しない人間を練習するように引っ張ったのか。支えたのか。練習しなかった人からしたら、それこそ部活に疑問があったりして、居心地が悪かったから練習がはかどらなかったのでは。彼らはやめることはなかったかもしれない。しかし、彼らほど居場所が欲しかった人たちはいないのでは。
しかし、いつもぼくたちは「なぜ練習しないんだ」、「どうして遅刻するんだ」というようにどちらかといえば怒りを持っていただけではないでしょうか。
どうして彼らがそうなってしまったのかを、部活という組織の問題としてとらえていたでしょうか。
少なくても僕は考えませんでした。思いつきもしませんでした。彼らが練習しないのは、彼らにに内在する何かだと考えていました。
しかし、きっと違うと思うんです。彼らがそうなってしまったのにはきっと部活としての責任があるんでしょう。僕はそう最近考えます。


もう一つは、練習しない人を外発的に動かすことを否定するとすれば、彼らが自分で気づくまで待つしかないわけです。その”気づき”に対してヒントを与えるぐらいのことをしてもよかったのでは。そんなこともせずに、ただ結果だけ見て良いだの悪いだの言う権利はないでしょう。なぜならすべてを彼らに任せているのですから。
もし、彼らが試行錯誤して到った”気づき”が「陸上をあきらめる」もしくは「記録をあきらめる」だったとしたらどうでしょう。そこまで行ったらもう、どうにもならない。そして、大会で出した結果が悪かったとしても、その人はもう「記録をあきらめた」わけですから当然の結果でしょう。そんな彼らに対して山田さんはアプローチしないでしょう。できないでしょう。
なぜなら、彼らの目標は知らないうちに変化してしまっていたのだから。

そういう人たちに対してはもう「競技思考」の下に部活を続けることは通用しないのでは。


僕の中では角が辞めたのにはこれに近い要因も多分にあったように思えますが・・・角にアプローチした時はもう遅かった。角はもう”気づいて”いたんでしょう。

そして、みんなが陸上を楽しめてないというのであれば、それはなぜなのか。
部活自体の雰囲気が良くないのに、まとまっていないのに、楽しめるんだろうか。

ぼくは部活をまとめるためには目標を共有することだと言いました。

山田さんはみんなの目標をすべて、細かく理解していたのでしょうか。どうしてその人がそこに目標を置いたのか、本当の部分を聞いたのでしょうか。そしてその個々の目標を実現するために何をしたのでしょうか。個々の目標をどうやってまとめたのでしょうか。ある程度把握して、それをその人たちがきちんと実行しているか、ある意味で見張っていただけじゃないですか。

僕には、野放しにしていたものがもう手がつけられないくらい成長してしまったように感じます。

仮に全員の目標を理解しているとすれば、その目標に何か言うことや、結果に対して文句を言うこと自体がおかしいんじゃないでしょうか。だってそもそも一人一人の目標なんだから、その人次第でいくらでも変更できるし、あきらめもつく。もしかすると、目標をいうこと自体が脅迫なのかもしれません。
言えと言われたから、何か書かないといけないかな。
みたいになってませんでしたか?とくに年間目標などは。人間なんだから、リアルでかっこいい目標を書きたいと思うのではないでしょうか。
あの目標を最近になって見直した人がどれだけいるのでしょうか。仮にあそこの時点で山田さんが全員の一年後の目標を理解していたとしても、その目標自体を書いた人が忘れていては意味がないのでは。
だから目標を達成しない人に対して文句を言うことは成立しないいんです。そもそも、機会に迫られて書いた目標だから。その場の気分で書いちゃった人もいるんじゃないでしょうか。
嫌われますが、”極端に”いえば、目標がなくても陸上を楽しむ人だっているでしょう。
とにかく、どうして今のような状況が起こったのか。これを考えない限り、次には進まない。この一年で平行線だった最大の理由はそこじゃないですか。
今何が起きていて、どうしてそうなったのか、解決するためにはどうすればよいのか。きっと考えてこなかった。

山田さんから僕らの代にバトンタッチして、具体的に部活のどこがどう変わったのでしょうか。僕はそれを考えてました。
でもたぶんまだまだ、去年からの状態を引き継いでいる段階だと思います。そのような状態ですでに一回生から意見が出てきている。
今の問題の出発点はもっと前にあるのではないでしょうか。

居心地のいい部活。僕だってそれがいい。でも今僕はそうは感じない。
山田さんの論理でいえば、誰か居心地のいい部活を実行していて、そこに入ってきた一回生、特に女の子は居心地が悪く感じられるのではないだろうかということではないでしょうか。
ここで大切なのは、けんかしてるわけではないということです。つまり、今の部活を動かしている人が自分たちの居心地のいいように部活を作っていて、そこに入ってきた子たちは居心地が悪く感じるということじゃないですか。もし、そういうように考えているのであれば違うと思います。もっと前からそうなる要因はあったのではないでしょうか。
きっといまの部活で居心地のいい人なんかいないと思います。ということは、誰かが自分中心に部活を運営していて、そこに入ってきた人の居心地が悪くなるという構図よりも、部活の雰囲気を悪くする原因が他にあって、みんなの居心地が悪くなっている構図のほうがピンと来るのでは。
つまり、部活のシステムがぐちゃぐちゃの状態で、その中の複合作用によって、誰がどうするわけでもなく、みんなを苦しめているのではないか。。。
そして、そのぐちゃぐちゃな部活のスタートはもっと前にあるのではないか。

僕はその原因を部活のまとまりのなさだと感じていますが。そして、まとめるためには・・・ということは前に書いたとおりです。

以上が僕の意見です。何も最近になって急激に変化したわけではない。徐々に、確実な段階を追って、今があるとしか思えません。

yoshioka

2008/08/12 05:11 ・・・EDIT

  次はキングに。

まずはおれのいう集団を理解してくれてありがとう。いや、キングは前からわかっててくれたかな。

次に飲み会や一発芸が来るのもわかってる。

キングがいう部活もわかる。
純粋に陸上を追い求めるような体形。
おれはそれを実現するほうが簡単だと思う。
きっとそこにはおれが言うよりも、山田さんが言うよりもはるかに強い拘束力があって、強いまとまりがあるんだろうな。
拘束力って言うと聞こえが悪いかもしれないけど、みんなが純粋に陸上を追求するためにはそれなりの強制力が必要なこともキングはわかると思う。

そんな部活を作るほうが簡単て言ったけど、どういうことか。
余分な動きをすべて省けばいい。
集合して、すぐに部活を始める。もしかしたらこの時点で、パートに分かれたほうがいいて言うかもしれないね。

そして、パート別にそれぞれに合ったアップをして、本練習に入る。練習が終わったら、終わったパートごとに解散。
そうしたほうが、ゴールデンタイムに食事もとれるし、一人でテレビ見ながらストレッチもできる。
そのほうがよっぽど陸上のためだし、自分のためだろう。
こんなかんじかなーキングが言うような部活は。。。少し違うかもしれないけど。

俺はこんな部活なら容易に想像できる。なぜならそういうのを見てきたから。でもそんな部活の人間関係はすごく希薄だった。

こういう部活はたとえるならビジネスマンかな。
普段は切磋琢磨してるように見えるやり手のビジネスマンたち。でも実は彼らは互いの家の場所はおろか、家族も知らない。
プライベートの付き合いはないけども、プロジェクトのためなら顔を合わせるビジネスパートナー。
そんな彼らの人間関係は実にサバサバしてるんだろうな。とにかく、会社の利益を追求している。だから、もめることもない。
いや、プロジェクトに関してなら熱い意見も交わすのかな。

彼らはいわば仕事上の付き合いってやつかな。心を許せるのは家族だけ。いや、仕事の欝憤で家族にも腹が立つのかな。

こんな風なものを築き上げることは簡単だろう。
会社という明確な枠組みの中で、会社の目標に向かって。

でも俺はこんな人間関係は嫌いだ。

ここから先は俺の中の、集団としての人付き合いに対する考え方かもしれないけど、書かせてほしい。もう少し実生活に即して書かせてほしい。

たとえば、学校のコースの友達とは授業でしか会わない。
授業の中だけの付き合い。授業中、グループでやるところはやる。ものすごくまじめに。
でも授業が終わると「はい。お疲れさん。」といってそそくさと帰る。
こんなもん友達なのかな。
これではさっきのビジネスパートナーとなんら変りない。

たぶん前にキングに話したことあると思うけど、これは俺のコースの話だ。
一回まではこんな感じだった。プライベートの付き合いはほとんどない。
「おれ、帰りたいし」とか「おれ、家で昼飯食うわ」みたいな。

俺はそれに凄く違和感があった。
でも、みんなもそう思ってたみたいで、これじゃだめだと思ったみたい。
「もっとまとまろうや」って。

それで、飲み会開いたり、できるだけ昼飯はみんなで食べるようにした。そうしたら、だんだんと帰るのも惜しんで、みんなと飯食おうかなみたいな雰囲気になってきた。
そうしていくと、会話が途切れることもない。なぜならみんないつも一緒にいて共通の話題が豊富だから。昨日の昼飯の話題だけでも盛り上がれる。
そこから先は、おのずと授業とかテストとかの話題はでる。それに、教採や将来の話題だって出る。
周りの人が何を目指しているのか理解したのはごく最近な気がする。

こういう仲間を作るほうがよっぽど難しいし、努力だっていると思う。いやになることだってあるだろう。
でも、仲間たちから得るものは大きい。
その人の物事に対する考え方に迫るようなことは、かなり仲良くならないとわからないんじゃないかな。
そして、そのほかの人の考え方こそが一番自分のためになると思う。

仕事だけの付き合いなら、仕事に関する考え方しかわからないだろうけど、それ以上の付き合いになれば、その人の人生や目標に対する考え方がわかるはず。

ここに集団の価値はあるんじゃないかな。

陸上を追い求める中では、はっきりいえば陸上に関する意見交換だけしてればいいんだろうな。
でも、そんなんじゃ陸上についてしかわからない。陸上に詳しくなって終わりじゃないのかな。これから先、実際に使っていけるような知識はいくつ得られるだろう。
きれいな走り方はそういう意味で大切なんだろうか。もっと大きなスケールで見た時には陸上はとても小さな事象にしか過ぎない。それだけを求めることが、成長だろうか。
選手としては成長するかもしれないけど、人間としてはほとんど進歩してないんじゃないかな。

部活に参加して、意見の違う人と衝突するのだって、それで相手の考え方が全部とは言えないけど、わかるのであれば。もしくは、どうして自分がそう考えるのかを考える材料としてとらえれば、自分を知る大きなステージじゃないだろうか。

仲良しクラブって言われるかもしれないけど、俺は仲良しクラブを作る要因はもっと部活の根幹にあるようなところだと思うけど。

多数決は良くないっていうけど、キングは少数だから部活に来なくなったのでは。キングみたいな考え方の人が多ければ、こうはならないのかな。
結局は人数が多い派の言い分がとおるような構造が今の部活にはあるだろうな。
少し、山田さんに対しての意見にもなってしまうけど、みんなの意見を尊重するっていうけど、実際はこんな部活なんじゃないのかな。

だから、俺は去年から指摘しているように「同好会」みたいなんだようちの部活は。そんな部活のシステムを作ってる時点で、仲良しクラブが現れようが仕方ないんじゃないのかな。

別に、俺がしてることを肯定するわけではないけど、この一年で「みんなの意見」って言ってたけどこれが現状だと思う。そういう陰で、理解できない人が現れたのは仕方ないんじゃないかな。

すこしずれたけども、俺が言いたいことは飲み会だって、はしゃぐことだって限度はあるけども、大切な要因だと思う。

これなしには、ビジネスパートナー以上の信頼関係は生まれるだろうか。

さっき山田さんのところで書き忘れたので書き足すけど、黒ちゃんと俺とかサイトーさんとひっちさんのつながりは、すべてにおいて陸上だけでつながってるんだろうか。
たぶんそうじゃないだろうね。
じゃあどうやって信頼関係のないものをくっつけるのかな。
全員が対等な信頼関係なんか持てないんじゃないかな。キングみたいに。
そういう人にどうやってアプローチするのかな。
アプローチしない限りずっと平行線じゃないのかな。

気づいたら仲良くなってることだってあると思うけど、そうじゃない場合も多いんじゃないのかな。
なにかきっかけがないとくっつかない二人がいたって不自然じゃない。
強制的って言うのは少し”極論”だと思うけど少しづつ近づけていく努力だっているんじゃないのかな。

まあそんなこともからめて、プライベートの付き合いは大切だと言いたいんですけどね。


試合が戦争ということに対して不快に思ったならごめん。
確かにそこに至るまでの努力はキングから見たら少ないかもしれないね。

でも、今みたいな個人の目標が一番にくるような段階では、これがおれの陸上だって言ってしまったらそれで終わりだ。俺だって、キングみたいに部活行かなくなることだって可能だ。

俺はそんな考え方が一番嫌いだ。でも、そう言わざるを得ない。だって、これまでやってきた、俺なりに考えてやってきて、部活について真剣に考えながらやってきた結果がこれなんだから。それを否定されるのは気に食わないよね。
部活の目標に逸脱しているとすれば、確かに悪いだろうけど、そういう環境じゃないんだから。


最後に俺は今の陸上部の人たちのやり方についてずっと疑問を持ってやってきた。

このことは春合宿でもいったし、このブログにもそのニュアンスは書いた。
みんな10年近く、もしくはそれ以上陸上に携わってきているのに、陸上のことばかり考えすぎじゃないのかな。
もっと視野を広く持つことはできないのかな。記録を伸ばすことの美しさはおれもわかるし、経験済みだ。

もし、「大学の陸上」を考えるのであれば、もっと陸上を通して、陸上から遠く離れた世界を見ることはできないものだろうか。ものすごく、記録にとらわれていないかな。だから技術ばかり研究して。技術よりも得るものはあるんじゃないのかな。
視野が狭すぎないかな。

まあこれについてはおれの陸上に対する考え方だから、べつに賛成してもらおうとは思わないけど。




きんぐ

2008/08/12 17:13 ・・・EDIT

  要は、和気あいあいとして陸上以外の付き合いができるチームと、目標のみに重きを置いてプライベートの付き合いはないというチームと二つに分類することができる。

俺は人付き合いが苦手やし競技を追求したいけど、後者のようなものが良いとは思わない。陸上以外の面でチームメイトと仲良くできるのであれば嬉しいと思う。その辺は祐太郎の気持ちはわかる。

違うのはそこに至る過程についての考え方じゃないかと、前に環境コースの話を聞いて最近思っている。

祐太郎は人間関係を作る上で、陸上と陸上以外の要素を同時進行もしくは陸上以外の要素を優先している様に感じる。

俺は陸上以外の要素も大切にしたいけど、それは陸上競技を通して得られるものなんじゃないかと思う。競技面での第一の目標は普通記録とか成績やけど、皆が陸上部として活動することでそれ以外のものも生まれるんじゃないかな。そこにチームの醍醐味があると思う。

チームの拘束力が強くても弱くても、個人競技である以上練習や試合は個人の責任が大きい。チーム競技だって、個人の基礎力が高くなければチームの連携は作れない。個人個人の目標とかが大切にされなければ、チームの目標だって達成されるわけがない。

チームの目標が達成されなければ、裕太郎の言うような付き合いがあっても、それは楽しい仲間であって、陸上部としての濃い集団ではないと思う。まずは競技を追求していき、そこから仲間の絆を作っていくのが部活じゃないんかな。

これは別に陸上競技に限ったことではなく他の競技や組織にも言えると思う。ただ陸上は種目が違う上に個人練習をしている部ではかなり実現が難しいと思うけど。

チームという枠にはめてしまうのではなく、個人個人の意識の高さが集合することで、チームがまとまって。そしてそんなチームなら陸上以外の要素でも繋がっていけるんじゃないか。

まあ、練習に拘束力が発生することは必然的かつ不可避的やと思うけど、陸上以外の要素を無理に押し付けるのは歪みを生むやろうな。


あと、戦争云々の部分は俺もそれくらいの意識を持ちたいと思っているし、そのためにやるべきことがまだまだ自分に不足しているのもわかっているから、あんまり人のことは言えないと思ってます。

むしろ、裕太郎も試合に対してそれくらいの意識を持とうとしているのは嬉しいし、その意識を皆と共有できればチームはまとまると思う。そのためには最近松ちゃんとやってるみたいに、練習で見せていくのが大事やろうな。

yoshioka

2008/08/12 21:51 ・・・EDIT

  俺の書いた二つのチームは理解してもらったみたいだね。
それを踏まえた上でのキングの意見はもっともだし、俺も陸上中心にまとまることは普通だと思う。でも、陸上以外についてはもう少し書かせてほしい。

確かに、最近は練習に比べてそれ以外の面がクローズアップして見えるだろう。
でも、もしかしたら昔から陸上とそれ以外を両立して点じゃないかな。同時進行していたとしてもそれはものすごく上手い部活づくりじゃないのかな。
一つ言えることは、仮に両立できていたものが崩れたとき、どちらかが目立ちだすってことじゃないかな。
最近は練習が手薄になってるから、特にキングにはそう見えたのかもしれない。
仮に、練習はまじめにやっていても、陸上以外の面がキングに強く受け取られたとすれば、キングは同じように言うんじゃないのかな。
こういう面では、考え方が違うんだろうな。

でも、キングとおれの意見は近くなってきてるんじゃないかな。
やっぱりキングもチームとしての目標を軸に考えているんじゃないかな。

どっちが先とは言わないけど、個人の目標もチームの目標もいるだろう。そして、俺が言いたいのはほかの人の目標を見ることで、自分の目標も左右される可能性が大きくあるんじゃないのかな。個人の目標が完全に独立するわけではないはず。

競技を重視しない部活の中に入れば、目標も周りの人と合わせるんじゃないのかな。
箱根目指すような部活に入れば、目標は変わるだろう。

本当に個人の目標が確固たるものであるとすれば、キングが大前提にしている、記録や成績をいうもの自体が危うくなる。

俺が言いたいのはそういうことなんだけど。
俺は前に話したと思うけど、一回の夏合宿で、時間に遅れて怒られて初めて、うちの部活はこういう温度でやってるんだと知った。
それまで俺はこれくらいかなという気持ちだったな。

そういうアクションがないと、気づくことだってないんじゃないかな。

おれとキングの意見が大きく違うところはここから先だろうな。
特に山田さんとは全く違う。

個人個人の意識の高さが大切っていうけど、全員の意識、モチベーションがはじめから同じように高いだろうか。
俺はそれはとてつもなくきれいな理想だと思うけど。
いつも、議論のスタートが「個人の意識は高い」ということを大前提として出発してないだろうか。すごく高いレベルのものを目指しているように思える。自然にまとまるまで一歩も妥協しなかったように思える。
みんなキングや山田さんと同じように陸上に向かえるかといえばそうじゃない。そっちのほうが現実的じゃないのかな。

さっき言ったみたいに、そもそも競技をしようと思ってやっていない人だって入ってくることは不思議じゃない。

だから、その時点でもう全員が高い意識を持っていると考えて、それに任せるということ自体が不可能だろう。

それに高い意識ってなんだ??

高い意識の上限も人によって違うんじゃないかな。
たとえば、ある人が今の生活の現状とかから考えて、なるべく高い位置に目標を置いてるとしても、必ずしもそれがキングの言うような高い意識じゃないんじゃないかな。

もっと現実的に、意識が高い人を増やすということを考えるべきなんじゃないかな。

全員の意識が必ずしも高くないということ自体はわかるんじゃないのかな。

じゃあどうやって頑張ってもらうかを考えないといけないはずだろうな。

さっきの「ある人」だって、生活上きついかもしれない。でも、そこを「部活としてはこういう目標でやってるから、何とか、きついだろうけども、みんなと一緒に頑張ってくれないか」と引っ張ることが大切なんじゃないのかな。それが本来のトップの仕事であって、それをなくして、まとまらないだの、あいつは練習しないだの言ったって、仕方ない。だって、互いに努力していないのだから。

別にチームの意向にそぐわないのであれば、その人を切ろうとするわけじゃない。

別に俺が言ってるのは形式的な「うちの部活はこういう方向でいくので、ついてきなさい」っていう形を取ろうっていうもんじゃない。
説得するっていうか。。。そういう話は飲み会の時とかプライベートの時のほうがしやすいように思えるけどね。

どうも、俺の議論を単純化して考えすぎてるような気がする。いろんなプロセスがあるんだけどね。なんか毛嫌いされるけど。
もっと、フィーリングがものをいうような世界の話をしてるんだけど。少し、単純すぎないかな。薄っぺらな人間の話をしてないかな。

俺がクロちゃんの家で言ったような、個人主義を実現しながら、集団意識を大切にするというときは、より一層、人間性が問われるんじゃないかってことなんだけど。

そして、俺は去年の早い時期に指摘したはずだけど、「誰かが真剣にやってる姿を態度で見せることで、みんな頑張るだろうって」言うのに対して、もうその段階よりも低いレベルに当時の部活はあるんじゃないかって言ったと思う。
俺は今から考えてもそれは間違いじゃなかっただろうと思う。

みんなが疑問を持ち始めていたから、一瞬ついてきたかもしれないけど、そうじゃなかった。

コルクボードも今はさびしい限りです。
結局そうなると思う。目に見えてたんじゃないかな。もっと、みんなの動きを考えないと。現状に即した取り組みをしないと。


まあ、ながなが書いたけどチームの目標がいるってことはキングもわかるんじゃないのかな。チームの一人一人が向かっていく光がいるんじゃないのかな。


たなかさん

2008/08/12 22:37 ・・・EDIT

  いろいろあるみたいやなー。大変やな部活って。その時その時悩んで、考えて、ケンカして、おれが関西インカレで言うたん覚えてるかな?4年通して大学の部活やで。何が成長したか、なにかが変わったか。何も変わらなかったのか。それがわかる日がくるわ!答えは結局は自分で見つけなあかんというか、見つかるで。

まーえらそうになってごめんやけどな、おれは自由に好き勝手させてもらった人やからな。みんながどう感じてたかわからんけど、楽しかったし、こんな俺を支えてくれる仲間がおった、というか、仲間を作ることができたわ!陸上を通して、陸上以外も含めて、そんな仲間を作ることができたで。後輩たちからは部活がどうとらえられてたかわからんけどね。

ayako

2008/08/13 20:46 ・・・EDIT

  私は裕太郎の意見は聞いたが実行はしなかったかもしれない。主将として色々な意見の中から選別して実行してきたつもりです。すべての意見を実行することは当然無理であった。私の行動は私だけの意志のもとに行われたものではないことを初めにわかってわかっていてほしい。
それぞれを認めはするが実行しなかっただけ。
そして、かくちゃんのことに関してゆうたろうは深いアプローチをしてかくちゃんのことに関して何か語るなら聞くことはできる。
でも、角ちゃんがなにかゆうたろうに相談したようには思えない。

私がクラブをまとめるような外から見てぱっとわかるような行動はしていないかもしれない。集合で何か言うくらいでした。
でも、小さな声掛けは相当した。人の話を聞くことも多かった。ゆうたろうが私の行動を24時間監視できるわけないのでわからないだろう。
今日はどんな練習するの?
その練習はなんでするの?
最近元気ないですね?
試合おつかれさま。どうでしたか?
開かれた質問で質問しまくりました。
気づいてもらうためにね。そして信頼関係をつくるために。
まあ全員に平等にしたわけではないけれどもね。
自分ができる限りたくさん話し、たくさん話してもらった。
気づきを与えるヒントを与える行動をゆうたろうは気付かなかったかも知れないが自分のできる限り精一杯した。私が何もしていなかったというのはありえない。
それが結果に結びついていないかもしれないけどね。
私や先輩達はみんなの前では介入はしていなかったかもしれないが個々人に介入をしていた。それが積極的かはわからないが、介入をしていってた。

まあ私一人では何もできないのでひっちさんやのりさんや上回生に私はだいぶ助けられました。
ヒッチさんがいいだしてくれたコルクボード。無理やりにはしませんでした。
いつも無理やり目標書かせても書くだけの目標になるからね。
でも、自分の練習を公表していくことはチームが自然にまとまる素晴らしいやり方だったとおもう。でも、チームのこと考えてやったこともチーム論を唱えるゆうたろうもあそこにメニューはらなかったよね。

無理やりやらされるクラブには絶対にしたくなかった。
たとえば試合に無理やりいかせる。
キングの学年別のことを機に考えた。
試合は無理やりいくものじゃないよね・・・
応援したいと思わない選手たちだから仕方ない。(そして、人には生活の優先順位がある。)
だってみんな練習してないし。口先だけの目標で・・・
キングに対して君のいうことはよくわかると思うと思いながらチームとしての集団についての話しながら説得した。でも、こんな頑張ってないように見える集団に個人主義のひとはついてくるわけはない。

キングは大阪インカレでは学年別と違った行動をしたね。それは応援したいと感じた選手がいたから。

そんなにばらばらになるのがいやならまず練習しよう。
練習したら勝手にその人応援したくなって勝手にまとまる。
環境や部活のせいにしすぎ。
結局は自分のせいやのに。
チーム主義を唱えるのはいいと思う。でもそれを個人主義の人に理解してもらうためには応援したい一人ひとりにならないと個人主義の人は寄ってこない。

ゆうたろうのいう個人主義の人も集団主義の人も共通して言えるのは陸上競技部に所属しているということ。
だから、陸上でまずはわかりあえるように頑張ったらいいんじゃないん?

今のクラブは誰かがわるいとかじゃない。
だって3年前はそんな規則とかもなかった・・・
ただみんなそれぞれの目標に向かって頑張っていた。そして、陸上について語り合っていた。頑張っているからこそかたりあえた。
2年前はおうえさんのチーム論があってもなかっても絶対に先輩達はしっかり陸上していて応援したいような幹部になっていたはず。

結局いままとまらんようにみえるのは陸上に対するみんなの考えが甘いからでは?
なぜ甘いか?
それを部活のせいにするようならそれは逃げているのではないか?
自分と向き合うことから。環境のせいにしているだけ。
自分の目標を完全にわかるのは自分しかいない。

全員の目標は完ぺきにはわからないかもしれない。
でも、みんなわかろうとはできるはず。そこから人の悩みを聞いたり人間関係ができてくる。

でも、そんなクラブとしてのまとまるよりも自分の競技はおろそかになってはいけないのではないか。

私たちは陸上競技部運営部じゃないし陸上競技部だから。
競技が大切です。その上でのプライベートです。と私は考えている。
自分たちが練習できないことを環境のせいにはしたくない。
自分が選んだ陸上競技。
それを改めて考えてもらうように、みんなに少しでもしってもらうように春合宿ではみんなになぜ陸上しているか?聞いてみた。

春合宿でのゆうたろうの意見はみんなとは方向は違う。でも、それが悪いとは思わない。でも、ゆうたろうはいつも極論をいう。そうしないと相手がこっちの意見に近づいてくれないから。
でも、今のゆうたろうの意見とゆうたろうの行動だと現実性がない。
結局どうしたいのか?どうこれから行動していくのか私にはわからない。全体の目標とはたとえばどんな目標なのか?それがいつもわからない。

キングの返信にあるけど確かにプライベートの仲も大切。
でも、練習と競技との切り替えが最悪にできてないときがよくある。
見ていてイライラする人間が必ずいる。それに感じていますか?溝が深まる瞬間ですよね。
それがゆうたろうのまとめるなのか?
そうじゃないよね?
ゆうたろうのはまっちゃんたちと練習をしたりする。それは素晴らしい。最高だ。大賛成だ。見ていて自分も頑張ろうと思う。
私には確かにそういう行動はできなかった。
人とはしる練習したかったが男とはやりたくなかった。
筋トレは誰かとやろうとしかできなかったからね。

人を誘って練習する。よくゆうたろうがよくすること。それが計画性をもって事前に中距離で話し合えればまた最高ですね。そういうのには賛成です。
もう少し柔らかい形でいつも説明してほしいです。
理論ばっかりで難しい。理論武装しすぎて何言ってるかなかなか理解しにくいです。

長すぎてすみません。
簡単に一言でいうなら陸上競技すれば勝手にまとまるといいたいだけです。

yoshioka

2008/08/13 21:30 ・・・EDIT

  こもちさんへ。
何が変わるかは、最後まで分からないですよね。それに、見つかるものも個人によって違う。
とりあえず楽しみに最後を待ちます。
それしかできません。

僕はこもちさんを支えていたつもりはないです。
ただ、ついて行っただけです。
でも、それはこもちさんの魅力によるものです。
本当に楽しかったんです。

とりあえずそんなところですかね☆

きんぐ

2008/08/13 21:59 ・・・EDIT

  俺のコメントが単純過ぎるという点について。俺から見たら裕太郎の意見は複雑過ぎると思う。確かに裕太郎の指摘する問題点は俺のコメントより更に複雑かつ重層的な次元にあるのはなんとなくわかる。裕太郎の言っていること一つ一つは納得できるものも多い。しかし具体的に何が問題なのかがイマイチよく分からない。

多分、人の繋がりとか気持ちとか、それらが部活の中でどう作用しているのかについて、問題提起しているんだと思うんだけど違うかな?

そういうフィーリング的なものは言葉や文字で表せるものではないと思うし、裕太郎が言っているより更に複雑で多元的なものだと思う。

そういうものに対して考えるのは大切だと思うけど、人に伝えるにはまだまだ裕太郎の主張の中からは読み取り難い。まして“集団主義”の人が“個人主義”の人に伝えようとしてもかなり困難なことになると思う。

裕太郎が問題視しているものは俺から見たら複雑やけど、裕太郎が考えているより更に複雑なんじゃないか。人間関係、競技にたいする意識のズレ、陸上以外の要素など、とても千差万別、魑魅魍魎なものだと思う。

だから俺から見たら裕太郎はそういうフィーリング的な要素でもってチームをまとめようとしている。それは裕太郎が考えているより更に複雑なものだから、一時的には理解したようにおもえるけど、そのうち必ずしも全員が納得できるものではなくなってしまうんじゃないかと思う。

チームのまとまりという点で、俺は前のコメントに書いた最低限かつ単純なものしか答えられない。陸上競技のための組織というほか、それ以上のフィーリング的な要素に関しては、人によって解釈が異なるだろう。そこにチームのまとまりを求めるなら裕太郎はまだまだ苦しむことになると思う。

yoshioka

2008/08/13 22:13 ・・・EDIT

  山田さんへ。

みんなの意見を聞いたというのであれば、先輩だけではなく、後輩たちの、競技者たちの意見は聞いたんですか。
聞いていたなら申し訳ないですが。

部活の在り方に疑問があって、練習が中途半端になることだってあると思いますが。
それも、人のせいにしてるとか、自己責任と言われればそれまでですが。

もう一つは、学年別の話でそれぞれの生活があるというなら、そのあとの競技があって、その上でプライベートがあるというのは矛盾するのでは。

どっちが本当かはわかりませんが、もし後者が真意なら競技を押し付けていませんか。

もう少しいえば個人でやるという部活を押し付けてませんか。放任することがストレスを与えることだってあるのでは。

目標が何か分からないのであれば書きますが。
「この大会ではチームで入賞する」とか「自己ベストを更新する」とかだと思いますが。
もしかしたら、後者はそれを持つことが当たり前だろといわれるかもしれませんが、もしそういうなら押し付けです。
でも、それを言葉に出したり、文字に起こすことで、何か考えるんじゃないですかね。
どう行動するのか。たぶんこれは前に話したと思いますが、集団練習を増やすことじゃないですかね。
たとえばエンドレスリレーとかね。
走り込みはつらいからみんなやろうとしないのかな。
でも、誰かが声掛けして、できる限り大勢ですることはできると思いますが。もし、そこで個人主義を持ち出されるならそこで議論はストップしますが。
前から言ってたはずなんですがね。やっぱり伝わってないのかな。


理論武装って言われると、残念です。
わかりやすくするために、順を追って説明してるつもりなんですが。
僕のせいなんですかね。わかりにくかったですかね。
文におこしても、無駄なんですかね。

僕は確かに極論しか言わないのかもしれない。でも、どうしてそれを自分なりに解釈しないんですか。文面だけをとらえてしまうんですか。
もっとニュアンスレベルの話をしているのですが。
だから議論が進まないのでは。

イライラするのは僕も同じです。
部活の持っていきかたにイライラしてましたけど。
だから僕も同じように部活に行きたくない時期だってあった。

山田さんは男と練習しなかった。したくなかった。これは環境のせいにしてませんかね。男たちだって生かせたはずでは。

環境を生かすということは、部員を生かすということでは。
そこにいる部員と一緒に練習することが最大に環境を生かすことでは。でも、俺はそれが個人主義の前で崩れ去っているのではと思いますけど。

何回も言うようですが、「競技がおろそかになってはいけない」とありますが、それすら押し付けでは。
個人の考えを尊重するなら、その人がそれでいいと思ってやってるならいいんじゃないんですか。
そう思っていないとすれば、しっかり引っ張らないと。

簡単に一言でいうなら、まとまるまでの過程が自己責任というのは、部活としてどうなのかなっていうだけです。

yoshioka

2008/08/13 22:28 ・・・EDIT

  きんぐへ。

その通りだろうな。俺が思っているよりも今部活に起こっている問題は複雑だ。
いろんなものが絡み合ってるとしか思えない。
現に俺も考えて行くうちに、頻繁に新しい発見があるんだから。
何も俺が全部把握しているわけではないってこと。

でもそんな複雑な状態を深く考えずに、進歩主義的に「高い目標の人が・・・」みたいに単純な対処をするのはどうかと。

それがもっと複雑な事態を招くのでは。
俺はこの一年で問題は一層複雑化したと思うけど。

何が問題っていうなら、それは「まとめることを放棄している」ってことかな。簡単にまとまるもんじゃないってことかな。

ayako

2008/08/14 01:37 ・・・EDIT

  後輩ともよく話しました。とくにヌーとはね。みんなとははなせなかっただろうけどヌーとはよくはなしたつもり。そして勉強になった。

部活がどんな状況であれグランドに来る特はメニューがあってそれをただこなすだけ。奈良市記録会はあんなぐちゃぐちゃだけども試合。クラブもどんな状況であれクラブの時間。練習するための時間です。
部活の運営のことかんがえるのは練習が終わってからでいい。まず練習。
そうみんなができれば何も問題ない。

悩むのは勝手だけど練習してから悩めばいい。切り替えだよ。一発芸などと練習との切り替えの切り替えだよ。
陸上競技部だから陸上するのが当たり前。だって陸上したいから入部したんでしょ。競技にしても趣味にしても。これは押し付けですか?

私は練習メニューがきまっているようなひっちさんと筋トレ一緒にしたり、環境を求めて鴻池の人たちと走りこみをしたり考えて練習してましたよ。自分の考えたメニューをするためにわざわざ大学の男と走らなくていいように自分で設定してきたんです。必要なときはゆうたろーと300はしったりしてましたよね。

学年別のゆうたろーの返事はよくわからんのやけど。
キングは自分の試合はきちんとこなしたけど自分の授業休んでまで人の試合は見たくなかった。
自分の競技でベストをつくすことが最善の目標やからそれでいいやんと私は思いました。

目標など具体的に書いてくれてありがとう。はじめからそうかけばいいのに。
そっちのほうがわかりやすいよ。かなり。
どんどんゆうたろーがみんなに少しずつ声掛けしていけばいいと思う。
でも、メニューは事前に立てるものだから事前に声掛ければだけど。
一緒に練習するのとか前からゆうたろーがやってるみたいにやるだけで短距離も刺激をうけるし。
短距離の人まきこむのはなかなか難しいとおもうけどね・・・
無理にみんなでやろうと思わずやれるものでやればいいと思うんやけどなあ・・・

まあ思うようにやってみたらいいやん。

個人主義も集団主義もみんな陸上競技やしゆうたろーは難しく考えすぎやと思う。

自分たちが決めた目標にむかってがんばりゃいいだけやし。
競技がおろそかになってはいけないというのは、その人の目標によるからね。
マラソン走り切りたい人はその目標に向かって頑張る。
100mで10秒台だしたいひとはそれにむかって。
1500mに出場するという目標もありや。
押し付けているのは自分の目標しっかりがんばろーってだけ。
それはだめですか?
うちのクラブのみんなはそれもできないですか?
目標に対して中途半端なやつはいずらくなるようにまわりががんばればいい。
そして、なんでこんな記録やったん?ってきけばいい。
聞いたらみんな反省と言い訳はたくさんいつも出てくる。

そうそれぞれが頑張っていれば勝手にまとまりますよ。
まあ多少違う方向に向いている人がいても私はいいと思います。
だって、学校の先生でも部員みんなをなかなか集中させれないでしょ。
がちがちに固める必要なんてないよ。
陸上に個人主義とか集団主義とか考えることがもう哲学めいてる。わかりにくい。
みんなにもっと具体論でいわないとみんな実行しにくいことないかなあ?
個人主義とゆうたろーが言う人はうちらが一生懸命書いてること意味わからないと思う。
具体的にいったらまだ伝わるかもしらん。
そして、私は自分なりに解釈してるから返信するけど自分なりに解釈すらしたくなくなる人もいるとおもうよ。ほんま大学入試の評論文みたい。
でも、自分の気持ちを書いたことはすごくいい。

ああまた長くなってしまったし長い時間かかってしまった・・・

きんぐ

2008/08/14 02:16 ・・・EDIT

  まとめる努力がない、あるいはまとまろうとしない。それは俺も反省すべき点やろうな。

まあ、競技を通してまとまっていく、まとめていくのなら納得しやすいけど、陸上以外の要素を無理矢理に押し付けてまとめようとするなら反発するしかないな。

そういうスタンスだから裕太郎が問題視していることが理解しがたいとも言えるけど。

俺がチームというものに対して考えられるのは以上までのコメントの通り。裕太郎の考えからしたら不足やろうけど、まあこれ以上考えるのは無理やからこれくらいで。

しょーたろー

2008/08/14 16:43 ・・・EDIT

  ようやくパソコンを開く時間ができたと思ったら、かなり議論されてて驚いたわ。全部を読んで1つ1つを理解していくのにどれだけかかったか…むしろ、いま俺の頭の中はこんがらがってます。。

とりあえず、まとまりがないという状態は誰が見てもわかる。


ただ、俺はまとまりはいらないと思ってなんかはいない。


ゆーたろーを始め、多くの部員や先輩方が部のことを「大丈夫か?」と考えていることはわかったが、部のことを考える前に、みんなには自分の中の陸上競技に対してもっと考えてほしいと思う。

何のために陸上をしているのか…軽い気持ちで陸上部に入った者なんていないはず。何か自分の中での大きな目標があるはず。


まずは、それに向かって、必死になってほしい。


もちろん、これでは個人のことしか考えていないと言われても仕方がない。でも、部にまとまりをもつために、部としての目標設定は、(まだ)したくない…というのが本音だ。

みんなで一つのものを目指すのも悪くない。ただ、みんな違った考えをもっているのに、それを部の力で一つの方向に向かせたくはない。


部によってみんなが動くのではなく、みんなが自然に部を作っていく。


正直、部をまとめる立場としては甘いかもしれない。でも、必死で練習する人が、一人から二人に増えたとき、必然的にそこに共通の意識が生まれると思う。それが、一人ずつでも増えていき、全員が同じ気持ちになったとき、それが部としてまとまるときだ。

俺も努力していないことはない。ただ、この俺の考えをそのまま言うのは、結局は俺の力で仕向けさせることになるから、あえて遠回りな方法を取っている。(ここに書いてしまったことでもうダメやけど…。)それは、「他の部員を見よう」ということだ。目標に向かって必死になって練習している者を見て、何かを感じてほしいから。必死になって練習している者がいないと言われたらおしまいだが、俺はいると思う…いや確実にいます。それに加えて、「目標をもとう」ということだ。まぁこれは先にも述べたように、みんな持ってるだろうから、とにかく必死になってほしいってことやな。


だから、俺の作った方針のプリントには、2番目の試合は一丸となってみたいなのは入れたくなかった。でも、あの時はいろいろ問題あったから。。本当に書きたかったのは、1と3番目のことだけ。2番目のことは当然強く思ってる。でも、1と3番目のことができていないと、俺の目指す部には意味がないと思っているから。
全教で悲惨な状態が出たことは、俺にとっては逆に良かった。むしろ少しそれを望んでたのかもしれない。みんなに何かを感じてもらえるきっかけになると思ったから。そこで、最初に戻って、部のことを考える前に、自分の中の陸上競技に対してもっと考えることができた人がいれば成功なのだが…

まぁ今回の全教で予定外だったのは、俺自身の結果かな。自らのパフォーマンスでみんなの気持ちを動かしたかったから。近国は見とけ…ぜってー目標達成してやる!!



まだまだここに書き込んでるゆーたろーの意見に答えなきゃいけないことはあるけど、ちょっと忙しいので、今回は俺のどうしていきたいかだけ書かせてもらいました。またゆっくり話しましょう。


PS 
足の状態はどう?
あと集中の間、ありがとう。ようやく集中が終わったんで、明日からまた忍者のごとく走ります♪

yoshioka

2008/08/14 18:03 ・・・EDIT

  しょーたろー意見を書いてくれてありがとう。

しょーたろーの言うことは前からわかっていたし、今回書いてくれたのを見ても変わってないように思える。
目指しているものも理解できる。
細かく言えばすべてを理解したことにはならないだろうけど、イメージはできる。できていた。

ただ俺はこれまでに書いてきたことで一貫していいたのは、がんばれなくなった人やこれからどうしようか悩んでる人、目標がかすんできてしまっている人にどうアプローチするのかってことだ。もちろんずっと高い目標を持ち続けて、自分に厳しく練習できる人はいるけどな。


みんな試合の後に悔しいっていうけど、次の試合までその悔しさを持って練習に臨むことは難しい。それを持続することが大切。

それができないから、試合ごとに後悔する。
これはしょーたろーもわかってるはずだ。

どうして、それができないのか。
それは次の試合までの期間に自分の目標がぼやけてしまっていくからじゃないのかな。

その、ぼやけてしまった目標をまた鮮明にすることを手助けすることはできるんじゃないかな。
俺はそこでチームメイトの価値が存分に発揮されると思う。
「きついかもしれないけど、がんばろうや」っていう声掛けはいるんじゃないのかな。

きっとしょーたろーは、一生懸命やってる仲間を見れば、目標を見失いかけてる人も立て直せるっていうだろう。

俺はそれは間違いないと思ってるし、それでまとまったときのチームは強いだろう。

でも、もう少し、直接的にアプローチすることで、その効果は高まるんじゃないのかな。


別に俺が言ってるのは厳しく、がちがちに部活を固めることばかりではない。(場合によってはってことだけどね。)
規則を細かく決めることではないんだけどね。
どうもイメージが伝わりにくいのかな。

ひとつだけ言いたいのは、アプローチ(この「アプローチ」は前にかいた介入と同じ意味で使うけど。そのほうがニュアンスが伝わりやすいと思うから・・・)しないっていうのは違うと思う。そしてアプローチにもレベルがあるってことだ。俺が言うのはその中の常にMAXではないってこと。

まあそんなところかな。



足は昨日まで絶不調だったけど、今日朝起きたら感覚が元に戻ってたぞ!ひねったら少し響くけど。

近国も出れそう。
テンションは目標の紙に書いたときよりも高いぞ。




明日からはまた頼みますよー。


 

 

 

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